器と奇跡

昨日は、「私の器」について書きましたが、本日は、「器と奇跡」について記します。

人生は、私の器を育成していくことでもある、と感じますが、私たちは、もともと備わっている器の大きさを、小さくしてばかりいるのが現実でしょう。

小さくなってしまった私の器を、ほんの少しだけ大きくしていくことが精一杯の人生で終わってしまったら、悲しいものだな、と思いませんか。

では、なぜ、私の器を、そんなに小さくしてしまうのでしょうか。

それは、一言で表せば、自身の人生を歩んでいないから、となります。

世間の常識に合わせ過ぎて、他者からの視線を気にし過ぎて、他者からほめてもらうことに重点を置き過ぎて、いつの間にか、私は、私以外の誰かに成り代わってしまっているのかもしれません。

それでは、私本来の器の大きさに気づくチャンスは、永遠に訪れません。

しかし、時代は、進んでいます。

そのように生きることが強いられた時期は、過ぎ去ろうとしています。

あとは、私の意識を変えるだけです。

今、求められるのは、私自身で生きていくことに、私が許可を与えてあげることです。

すると、私の器も、息を吹き返すでしょう。

私の心に寄り添って生きていけば、縮こまっていた、私の器も、次第に、私本来の大きさまで回復していくでしょう。

その大きさは、これまでの私では、見知らぬものの可能性が大、です。

そして、その可能性は、私に奇跡をもたらします。

これまで受け取れなかった幸福が、その器に入り始めでしょう。

奇跡は、めったに起きない幸運ですが、私の器を本来の大きさに戻してあげて、さらに大きくしていく、私らしい努力を重ねていけば、奇跡は、珍しいことではなくなっていくでしょう。

私たちは、もっと、幸福になっていいはずです。

もっと、「これは奇跡だ!」と思わず叫んでしまうような、ときめきを得ても良いはずです。

そのための人生ではないでしょうか。

ですので、これからを生きていく私たちは、私として、この人生を堂々と歩んでいくことに、私がOKを出してあげて、器を本来の大きさに戻して、さらに、その大きさを広げて、奇跡を何度も呼び込んでいきましょう。